外部の協力者が、ある提案について「Aの方向で進めるべきだ」と結論を出す。その結論は、社内の会議に持ち帰られる。会議では、その結論をもとに議論が交わされ、最終的に「Aの方向で進める」と決まる。決定として記録されるのは、会議に出ていた社員の名前だ。

結論そのものは変わっていない。外部の協力者が出した判断と、会議で決まった内容は同じだ。それでも、公式な決定の記録には、その協力者の名前は残らない。

会議室は、社内の人にしか開かれていない

外部の協力者は、多くの場合、意思決定の会議には呼ばれない。契約の範囲外だったり、そもそも呼ぶという発想がなかったりする。

だから、外部の協力者が出した判断は、いったん社内に持ち帰られ、会議室の中で「検討」される。検討の結果、同じ結論に至ることが多い。当然だ。その協力者は、その分野の専門家として関わっている。

問題は、この「検討」というプロセスを一度通ると、結論の出どころが塗り替わることだ。

塗り替えは、誰かが噓をついているわけではない

議事録には「Aの方向で進める」とだけ書かれる。誰が最初にAと言ったかは、議事録の関心事ではない。会議は、その場にいた人たちで結論を出す場だから、そこにいなかった人の名前は、自然と載らない。

悪意はどこにもない。ただの記録の仕組みだ。それでも、記録に残らないという事実は、積み重なると重くなる。

判断の出どころが消えると、次に相談されなくなる

外部の協力者の判断が、社内の会議で「検討」を経て、社員の結論として記録される。これが繰り返されると、外部の協力者は、いつのまにか「意見を聞く相手」から「参考意見を出す相手」に位置づけが変わっていく。

最初に結論を出したのが誰かが記録に残らなければ、その人の判断力は、組織の記憶に蓄積されない。蓄積されない実績は、次の重要な相談の声がかかる根拠にもならない。

結果として、同じ質の判断を出し続けていても、外部の協力者への信頼は、なぜか育っていかないという状況が生まれる。

本人も、気づきにくい

厄介なのは、外部の協力者自身が、この塗り替えに気づきにくいことだ。

自分の結論が採用されているのは分かる。プロジェクトはその方向で進んでいく。表面的には、意見が通っているように見える。ただ、その意見が「誰の判断だったか」という記録は、目に入らないところで書き換わっている。

数年後、その協力者が契約を終えるとき、組織の記憶には、その人が下した重要な判断の痕跡がほとんど残っていない。関わった時間の長さに比べて、記録された貢献が、驚くほど少ない。

出どころを残す、いちばん簡単な方法

対応は難しくない。判断が出た時点の記録を、会議の議事録とは別に、最初からそこに残しておくことだ。

「この方向性は、外部の〇〇さんの提案に基づく」という一文を、決定事項のそばに添える。会議で改めて議論した結果、同じ結論に至ったとしても、出どころの記述までは消さない。

これは、外部の協力者への気遣いというより、組織にとっての記録の正確さの問題でもある。誰の判断が当たってきたかが正しく記録されていれば、次に難しい判断が必要になったとき、誰に相談すべきかを、組織自身が正しく思い出せる。

決定の場所ではなく、判断の出どころを見る

会議室に呼ばれるかどうかは、契約の形やタイミングで、すぐには変えられないこともある。

それでも、判断がどこから出たかという記録は、会議室の外にいる人にも残せる。決定が下された場所ではなく、判断が最初に生まれた場所を記録する。それだけで、外部の協力者の貢献は、消えずに積み重なっていく。


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