会議の冒頭、「今日話したいことは」と誰かが切り出す。多くの場合、それを切り出すのは発注する側だ。進捗の確認、次の依頼、気になっている点。議題は、発注する側の関心に沿って並ぶ。
外部の協力者は、その議題に答える役回りを担う。質問に答え、進捗を説明し、求められた情報を出す。この役割分担自体は、不自然なものではない。発注している以上、進捗を知りたいのは当然のことだ。
問題は、この役割分担が固定化すると、外部の協力者が「自分から議題を立てる」という発想自体を持ちにくくなることにある。
議題を立てる側と、答える側は、いつも同じ
何度も同じ会議を重ねるうちに、「議題を決めるのは発注する側」「答えるのは外部の協力者」という役割が、暗黙の了解として固まっていく。
この固定化の中で、外部の協力者が気づいた改善案や、懸念していることがあっても、それを議題として提起する場面は、自然には訪れない。質問された項目に答え終えたあと、「ところで」と切り出す勇気が要る。議題の流れを止めて、自分の話を差し込むことになるからだ。
発言の機会はあっても、議題設定の機会がない
多くの会議では、「何か質問はありますか」という時間が最後に設けられる。これは発言の機会ではあるが、議題を設定する機会とは違う。
議題として最初から組み込まれた話は、十分な時間を取って検討される。会議の最後に差し込まれた話は、残り時間の中で、簡単に片付けられがちだ。外部の協力者が本当に話したかったことが、この「最後の数分」の枠に押し込められ、十分に検討されないまま終わることがある。
議題を立てない経験が重なると、立てなくなる
この構造が続くと、外部の協力者は、次第に議題を立てること自体をあきらめていく。
一度、自分から提起した話題が十分に扱われなかった経験があると、次からは提起しなくなる。「どうせ時間がないから」「本題じゃないと思われるから」という理由で、気づいたことを飲み込むようになる。これは、発注する側にとっても損失だ。現場に近い外部の協力者が気づく改善点は、発注する側からは見えにくいことが多いからだ。
議題の一枠を、あらかじめ空けておく
対応は難しくない。会議のアジェンダに、最初から「外部の協力者からの共有」という枠を設ける。
この枠があるだけで、外部の協力者は、何かを提起するタイミングを探す必要がなくなる。議題として予定されている以上、十分な時間を取って話を聞く姿勢も、自然に生まれる。
議題を立てる権利は、信頼の表れだ
誰が議題を立てられるかは、単なる会議の進行方法ではなく、その会議での発言力そのものを決めている。
外部の協力者に議題を立てる枠を渡すことは、「あなたの気づきには価値がある」という、言葉よりも具体的な信頼の表し方になる。答える側に固定された関係より、お互いに議題を持ち寄れる関係のほうが、長く見て良い仕事を生む。
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