外部の協力者に締め切りを伝えるとき、本当の期限より少し前の日付を伝えることがある。何かあったときの余裕を残しておきたい。遅れても、自分の側で吸収できるようにしておきたい。責められる話ではなく、多くの人が身につけている、ごく普通の用心だ。
ただ、この用心には、あとから効いてくる副作用がある。
外部の人は、日付の「向こう側」を知らない
社内の人は、その締め切りがなぜその日なのかを、なんとなく知っている。クライアントへの提出日、会議の日程、他の作業との前後関係。日付の向こう側にある事情が、周囲の空気から伝わってくる。
外部の協力者には、それが見えない。渡されるのは「金曜まで」という日付だけだ。金曜が本当の期限なのか、余裕を見た日付なのか、区別する手がかりがない。
一度でもずらされたと分かると、日付の意味が変わる
あるとき、外部の人は気づく。金曜が期限だと言われたのに、実際には翌週の水曜に使われた。あるいは、金曜に間に合わせたのに、そのまま数日寝かされていた。
一度そう気づくと、それ以降に渡される日付の意味が変わる。「金曜まで」は、「本当は来週の頭くらいまで大丈夫だろう」という意味になる。
これは、相手を疑っているのとは少し違う。経験から、日付を割り引いて読むようになる。合理的な学習だ。
割り引かれた日付を、さらに割り引かれる
問題は、その先にある。
外部の人が日付を割り引いて受け取っていると、依頼する側は感じ取る。すると、今度はもっと前の日付を伝えるようになる。本当の期限が金曜なら、水曜と言う。それを聞いた外部の人は、さらに割り引く。
どちらも自分を守るために動いているだけなのに、日付は少しずつ本物から離れていく。やがて、どの日付が本当なのか、誰にも分からなくなる。
この状態になると、本当に急ぎのときにも、それが伝わらなくなる。「今回は本当に金曜が期限です」と言っても、また割り引かれる。締め切りという言葉の信用が、少しずつ削れていく。
外部の人にとって、締め切りは仕事の段取りそのものだ
社員なら、日付の感覚がずれても、隣の席で調整できる。外部の協力者は、複数の依頼を抱えて、日付を頼りに段取りを組んでいる。
本当の期限が金曜だと分かっていれば、木曜の夜に仕上げる計画を立てる。水曜が期限だと言われれば、他の仕事を後ろへ動かす。つまり、ずらして渡された日付は、外部の人の他の仕事の予定にまで影響する。
余裕を作ったつもりが、相手の余裕を奪っていることがある。
ずらすなら、ずらしたと言えばいい
余裕を持たせたいという気持ちそのものは、まっとうだ。それを隠す必要はない。
「本当の期限は来週の水曜です。ただ、確認の時間を取りたいので、金曜までにいただけると助かります」と、理由まで添えて伝える。日付が二つあることを、そのまま見せる。
外部の人は、金曜が「余裕を持った日付」で、水曜が「本当の期限」だと分かる。金曜に間に合わなさそうなら、その時点で、あと何日使えるかを相談できる。日付の意味が分かっていれば、相手は自分で判断できる。
日付は、理由と一緒に置く
締め切りの信用は、日付を守るかどうかだけでは決まらない。その日付が、何に基づいているのかを、相手が理解できているかどうかで決まる。
日付と理由が、相手の見える場所に置かれていれば、割り引く必要がなくなる。割り引く必要がなくなれば、こちらもずらして伝える必要がなくなる。正直な日付が、正直な日付を呼ぶ。
余裕を持たせるために日付をずらす関係より、余裕のあり方をそのまま話せる関係のほうが、結局は、遅れが少ない。
Paqutでは、タスクに期日とコメントを残せます。「本当の期限はここ、確認の時間を取りたいので手前の日付をお願いしている」といった経緯を、社内メンバーも外部ゲストも同じ画面で見られます。
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