外部の協力者がクライアントの前に立つとき、その振る舞いは、契約している会社の代表として見られる。丁寧な対応をすれば、会社の評判が上がる。粗い対応をすれば、会社の評判が下がる。クライアントにとって、目の前にいる人は、個人であると同時に、会社そのものでもある。

普段はこの扱いに違和感はない。会社の看板を背負って動くのは、仕事を任された証でもある。問題が表面化するのは、何かがうまくいかなかったときだ。

うまくいっているときは「会社」、こじれたときは「個人」

案件が順調に進んでいるあいだ、外部の協力者は、会社の看板を背負う人として扱われる。クライアントからの信頼も、感謝の言葉も、会社への評価として積み重なっていく。

トラブルが起きたとき、扱いが変わることがある。「これは、あの人個人の判断だった」「うちの正式な方針ではなかった」という説明が、会社側から出てくる。うまくいっているときは会社の代表だったのに、こじれたときは、個人の責任として切り離される。

この線引きは、あらかじめ決められたルールではない。都合に応じて、後から引かれる。

個人に責任が寄せられると、次の依頼が来なくなる

会社の責任として処理されれば、次にも同じ体制で仕事が続く。個人の責任として処理されると、話は違ってくる。

「あの人には、もう任せない方がいい」という判断が、静かに下される。会社としての契約は続いても、その担当者への依頼だけが減っていく。表向きには何も言われないまま、関わる機会が減っていく。

外部の協力者にとって、これは見えにくい形の降格だ。契約書の上では何も変わっていないのに、実質的な役割だけが縮小していく。

会社の看板を背負わせるなら、会社の責任として受け止める

この非対称を解消する方法は、単純だ。クライアントの前で会社の看板を背負わせているなら、トラブルのときも、まず会社の責任として受け止める。

個人の対応に改善の余地があったとしても、それを最初に外へ説明する言葉にはしない。社内での振り返りと、外への説明は、分けて考える。外に対しては会社として引き取り、改善が必要な点は、内輪で個別に話し合う。

この順番を守るだけで、外部の協力者は、看板を背負うことへの不安が減る。安心して看板を背負える人は、より積極的にクライアントの前に立てるようになる。

線引きを、後づけにしない

責任の所在をどう考えるかを、トラブルが起きてから決めるのではなく、あらかじめ言葉にしておく。「クライアント対応で生じたことは、まず会社として引き取る」という方針を、外部の協力者にも伝えておく。

そうすれば、何かが起きたときに、線引きが都合よく動くという不安を、外部の協力者が抱えずに済む。看板を背負う人が安心していられることは、その看板の価値そのものを支えている。


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