社員には、自分の仕事がどう評価されているかを知る手段がいくつもある。評価面談がある。上司から都度フィードバックがある。昇給や昇格という、数字で表れる指標もある。悪い評価でも、良い評価でも、理由つきで本人に届く仕組みがある。

外部の協力者には、この仕組みがほとんどない。届く評価は、実質的に一つだけだ。次も頼まれるか、頼まれないか。

二択の信号から、理由を読み取ることはできない

「また来月もお願いします」と言われれば、うまくいったのだと思う。連絡が来なくなれば、何かまずかったのだと思う。

しかしこの二択の信号は、理由を教えてくれない。次が来なかった理由は、成果物の質かもしれないし、単に予算が削られただけかもしれないし、社内の担当者が変わったからかもしれない。本人には区別がつかない。

区別がつかないまま、多くの人は「自分の何が悪かったのか」を推測で埋める。実際には関係のない理由で連絡が途絶えたときでさえ、自分の力不足だと結論づけてしまう。逆に、たまたま運良く継続しているだけなのに、「自分のやり方は正しい」と過信することもある。どちらも、根拠のない自己評価だ。

発注する側にとっては、当たり前すぎて見えない

発注する側は、この状況をほとんど意識しない。

継続するかどうかを決めるのは、発注側にとって数ある業務判断のひとつでしかない。予算、優先順位、社内の都合——理由は複合的で、いちいち説明する義務があるとも思っていない。「今回はここまでで」と伝えるだけで、業務としては完結する。

しかしこの一言は、受け取る側にとっては「自分の仕事に対する、唯一の評価」だ。発注側の感覚と、受け取る側の感覚の間に、大きな重さの差がある。この差に気づいている発注者は少ない。

沈黙は、最悪のフィードバックになる

もっと悪いのは、何も言われないまま、ただ連絡が来なくなるケースだ。

理由の説明も、次の予定への言及もなく、静かにフェードアウトする。受け取る側は、何が起きたのかを知る手段が一切ない。過去の成果物を思い返し、あらゆる可能性を自分で検討することになる。

沈黙は、最も情報量が少なく、最も不安を生むフィードバックだ。悪い評価をはっきり伝えられる方が、まだ次に活かせる。

評価の頻度と粒度を、意図的に増やす

この状況に対してできることは、「継続するかどうか」以外の評価の機会を、意図的に作ることだ。

案件の節目で、うまくいった点を具体的に伝える。次に頼みたくない理由があるなら、継続しない場合でも、理由の一部だけでも伝える。継続する場合でも、「なぜまた頼みたいと思ったか」を言葉にする。

これらは、正式な評価制度である必要はない。タスクの完了時に一言添える、案件の区切りで短いコメントを残す、それだけで十分だ。重要なのは、「また頼むか」という一つの信号だけに、相手の自己評価を委ねない状態を作ることだ。

評価の記録は、次の相手のためにもなる

もう一つ見落とされがちなのは、この評価が、次に一緒に働く人のためにも機能することだ。

「このタスクの進め方は良かった」という記録が積み重なると、それは本人にとっての手がかりになるだけでなく、次に似た案件を頼むときの判断材料にもなる。評価が「継続の有無」という一点に集約されている状態は、発注側にとっても情報を失っている状態だ。

外部の協力者に、自分の仕事がどう受け止められたかを伝える。それは相手への配慮であると同時に、その関係を今後も機能させるための、こちら側の投資でもある。


タスクの完了に一言コメントを残す。それだけの積み重ねが、外部の協力者にとって「また頼むか」以外の、具体的な手がかりになります。Paqutでは、タスクのやり取りがそのまま記録として残ります。

Paqutを無料で試す →

関連記事

ファイルと経緯について:ファイルは送れる。でも、なぜそうなったかは送れない。

依頼のタイミングについて:外部メンバーへの依頼が、いつも「急ぎ」になる理由

「ゲスト」という扱いについて:「ゲスト」というラベルが、外の人に何を伝えているか

言葉の距離について:3年一緒に働いても、敬語が取れない相手がいる

手柄の行方について:プロジェクトが成功したとき、手柄はその場にいた人に流れる