社内の会議には、誰も意識しないまま、独特の言葉が混ざっている。プロジェクトの略称、部署の呼び方、いつのまにか定着した社内だけの言い回し。社員同士には、それが特別な言葉だという自覚すらない。

外部の協力者は、この言葉の海に、説明なしで放り込まれる。会議についていくために、知らない言葉を推測で埋めるか、その場で聞き返すかを選ぶことになる。

聞き返すたびに、理解の遅さを見せることになる

聞き返すのは、簡単なことのように見える。しかし、外部の協力者にとっては、そう単純ではない。

一度や二度なら、確認として自然に受け取ってもらえる。だが、会議のたびに聞き返す回数が増えると、「この人はまだ理解していないのか」という印象が、少しずつ積み重なる。実際の理解度とは関係なく、聞き返した回数だけが、周囲の記憶に残る。

だから外部の協力者は、分からない言葉があっても、聞き返さずに済ませようとする。文脈から意味を推測し、分かったふりで会話を進める。この推測がずれていたとき、後から誤解として表面化する。

社員にとって、その言葉は「言葉」ですらない

社員がその略語や社内用語を使うとき、そこに悪意はない。日常的に使いすぎて、それが特殊な言葉だという感覚を失っている。

「あの件、そろそろP2のタイミングだよね」という一言に、社員は何の違和感も持たない。外部の協力者には、P2が何を指すのか、フェーズの区切りなのか、担当者のイニシャルなのか、見当がつかない。

説明が抜け落ちるのは、隠しているからではなく、説明が必要だという発想自体が浮かばないからだ。

分からない言葉は、分からない仕事につながる

社内用語が分からないまま進むと、影響は会話の理解だけにとどまらない。

「次のマイルストーンまでにP2を終わらせてほしい」と言われても、P2が具体的に何を指すのかが曖昧なままだと、何を優先すべきかの判断がずれる。言葉の誤解は、そのまま作業の手戻りにつながる。

外部の協力者が受け取る指示は、社内の共通言語という、目に見えない前提の上に乗っている。その前提が共有されていないことに、依頼した側はなかなか気づかない。

説明する側から始める

対応は、難しいことではない。新しく関わる人には、最初に使う言葉を説明することを、こちらから始める。

プロジェクトで使われる略語や固有名詞を、短いリストにしておく。これだけで、外部の協力者は、会議のたびに聞き返すか黙って進めるかを迷わなくて済む。

一度に全部を説明しきれなくても構わない。初めて出てきた言葉を、その場で一行説明する習慣があるだけで、聞き返すことへの心理的なハードルは大きく下がる。

言葉が分かると、発言も増える

社内用語が分かるようになると、外部の協力者の関わり方が変わる。

言葉についていけないうちは、発言そのものを控える。意見を言おうとしても、前提の言葉が分からないまま話すと、的外れに見えるかもしれないという不安がある。言葉が揃うと、この不安が減り、意見を言う場面が増える。

外部の協力者から出る意見の少なさは、能力の問題ではなく、言葉の共有ができていないことが原因になっている場合がある。

共通言語を、最初から見える場所に置く

会議のたびに口頭で説明していると、抜け漏れが出る。新しく参加する人が増えるたびに、同じ説明を繰り返すことにもなる。

用語やプロジェクトの背景を、誰でも見られる場所に、最初から置いておく。そこにアクセスできれば、外部の協力者は、聞き返すタイミングを見計らう必要も、分かったふりをする必要もなくなる。


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