打ち合わせ中に「画面を共有してもらえますか」と言われることがある。資料を見せるため、作業の様子を見せるため、理由はさまざまだが、よくある依頼だ。
社員にとって、この依頼に応じるのは難しいことではない。会社支給のPCには、仕事に関係するものしか入っていない。デスクトップのアイコンも、タスクバーに並ぶアプリも、あらかじめ整理された状態にある。画面を共有しても、見られて困るものは、ほとんど映らない。
外部の協力者にとって、事情は違うことが多い。個人で使っているPCが、仕事道具でもある。1台のパソコンに、家族の写真のフォルダ、別のクライアントとのやり取り、プライベートで使っているアプリの通知、ブラウザのブックマークバーに並んだ個人的なサイトが、全部同居している。
共有の前に、確認の手間が発生する
画面共有を求められたとき、外部の協力者の頭の中では、一瞬、別の作業が走る。デスクトップに、見られたくないファイルは出ていないか。通知は切ってあるか。ブラウザのタブに、仕事と関係ないものが開いていないか。
この確認は、数秒から数十秒のことかもしれない。しかし、画面共有を求められるたびに、この確認を繰り返すことになる。社員には存在しない、小さな作業が、外部の協力者には毎回発生している。
意図せず映ってしまうことがある
確認をしていても、見落としは起きる。通知が、会議の最中に画面の端に表示される。別の案件の資料が、ウィンドウの切り替えの拍子に一瞬映る。デスクトップの整理が追いつかず、関係のないファイルが見えてしまう。
これが起きたとき、外部の協力者は、プロフェッショナルではないと見られるのではないかという不安を抱く。実際には、仕事とプライベートを分けるための環境を、会社から与えられていないだけなのに、評価の対象になってしまうことがある。
発注する側は、この手間を知らない
発注する側にとって、「画面を共有してください」は、気軽な一言だ。その一言の裏で、外部の協力者が、どれだけの確認作業をしているかは、見えない。
この見えなさが、画面共有を気軽に求める頻度につながっている。本当に画面を見る必要がある場面と、そうでない場面を区別せずに、「とりあえず画面共有で」と頼んでしまうことがある。
共有する範囲を、最初から限定する
対応としては、画面共有そのものをやめる必要はない。共有する範囲を、最初から限定する依頼の仕方に変える。
「このファイルだけ見せてください」「この資料のページだけでいいです」という頼み方なら、デスクトップ全体やブラウザ全体を見せる必要がなくなる。多くのツールには、画面全体ではなく、特定のウィンドウだけを共有する機能がある。この機能の利用を、依頼する側から提案する。
見せる前提を、相手に預けない
画面共有を求めるときは、何を見たいのかを、具体的に伝える。「作業の進み具合を確認したい」のか、「資料のレイアウトを見たい」のかで、見せてもらう範囲は変わる。
目的を伝えずに「画面共有して」とだけ頼むと、外部の協力者は、どこまで見せればいいか分からないまま、広い範囲を見せることになる。目的が分かっていれば、必要な部分だけを、安心して見せられる。
Paqutでは、タスクに直接ファイルやスクリーンショットを添付できるので、確認したい部分だけを、画面共有なしで共有できます。
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