社員が新しいスキルを身につけたいと思ったとき、会社がその後押しをしてくれることがある。研修費、資格取得の受験料、セミナーの参加費。仕事のためになる学びなら、会社の予算から出ることが多い。社員にとって、これは特別な恩恵というより、雇用に付随する当たり前の一部だ。
外部の協力者が同じように学ぼうとするとき、事情は違う。研修に参加するにも、新しいツールを試すにも、資格を取るにも、その費用は自分の懐から出る。しかも、その時間は、報酬が発生する作業時間ではない。学ぶことは、収入を削って行う投資になる。
学びへの投資が、報酬の外側にある
社員の給与には、学びの時間や費用が、ある程度織り込まれている。研修中の給料は変わらず支払われる。
外部の協力者の報酬は、基本的に成果物や稼働時間に対して支払われる。学んでいる時間は、報酬が発生する時間の外側にある。新しい技術を学ぶために1日を使えば、その1日分の収入は単純に減る。学びが、収益と直接トレードオフの関係にある。
この構造の中で、外部の協力者が学び続けるのは、意志と経済的な余裕の両方が必要になる。どちらかが欠けると、学びは後回しにされる。
発注する側にとって、これは他人事に見える
発注する側から見ると、外部の協力者がどう学び、どう成長するかは、直接の関心事にはなりにくい。契約は、決められた成果物や作業の対価であって、その人の将来のキャリアへの投資ではないという前提がある。
しかし、実際には、外部の協力者の技術やスキルが、発注する側の仕事の質に直結している。今の技術で十分だから学ばなくていい、という前提は、変化の速い分野ほど、すぐに崩れる。相手の学びが止まれば、いずれ自分たちが受け取る成果物の質も止まる。
小さな支援が、大きな差を生む
会社の研修制度をそのまま外部の協力者に開放するのは、難しいことが多い。ただ、できることが何もないわけではない。
学びに使えそうな記事や資料を、仕事の合間に共有する。参加してよさそうなセミナーの情報を教える。新しいツールを試す機会があれば、実際の案件で試してもらい、その分の時間は正当に評価する。どれも、大きな予算を必要としない。
これらは、外部の協力者にとって、「自分の成長を気にかけてもらえている」という実感につながる。金額の大小より、関心を向けられているという事実のほうが、関係の質に影響することがある。
成長した協力者は、発注する側の資産にもなる
外部の協力者の学びを支えることは、慈善ではない。その人が新しい技術を身につければ、それは次の仕事の質として、発注する側に返ってくる。
社員の教育に投資するのが当たり前だと考えられているのと同じ理屈で、外部の協力者への支援も、長期的には投資として意味を持つ。ただ、この投資は、社員のように制度化されていないぶん、意識的に行わなければ、自然には起きない。
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支払いのタイミングについて:社員の給料日は会社が決める。外部の協力者の入金日も、実は発注側が決めている。
収入の不確実性について:社員の給与は、来月も変わらない。外部の協力者の収入は、依頼が止まった瞬間に変わる。
評価について:外部の人に届く評価は、「また頼むか」の一言しかない
画面共有と私物PCについての考え方:社員の仕事道具は会社が用意する。外部の協力者は、自分の生活が入り混じったPCで、画面を共有する。